さくら草通信

2017年6月 2日 (金)

さくら草通信 2017年6月4日

<さくら草通信> 922

今年は教会創立30周年を迎えました。30年の働きを振り返っていろいろとありました。しかし教会のメンバーも創立の時からの方が天に帰られ誰一人いません。創立期は無我夢中で教会の借財返済のために働き維持できるかの戦いでした。しかし神に助けられ多くの方に祈られて今日まで来ることができました。宣教も大変ですが教会維持も開拓伝道であればまた大変さをつくづく思った。

2017年4月28日 (金)

さくら草通信 2017年4月30日

<さくら草通信> 917

軽井沢の周りの山々にやっとこぶしの花や山桜が咲き始め教会のこぶしも花桃の咲き始めました。やっと厳しかった冬も終わりかな、と感じますがけれどもまだ朝はマイナスですので苗ものをうえても霜で真っ黒になってしまいました。いよいゴールデンウィークに入りましたが各地から軽井沢に人々が来られて賑わいを感じます。花を観たりゆっくり、のんびりしたりしてよき時をお過ごしください。軽井沢の今が一番よい季節です。

2017年4月13日 (木)

さくら草通信 2017年4月16日

<さくら草通信> 915

本日はイースター復活日です。当然それは十字架におかかりになられた人の子イエス・キリストの復活であることは言うまででもない。イエスは自らは罪を犯したことはないが私たち罪びとのためにご自分の命を十字架において捨てられました。しかし神によって今度は新しい命へと移されたのです。ご自分の生と死を父なる神にお任せし人々への愛と奉仕に生きる、ということをこの十字架と復活において何が尊いことであるかを教えられたのです。私たちは主にある労苦はむだでないと確信するには復活のイエスを信じること以外ない

そのことをパウロはコリント15;58で言う。

2017年3月31日 (金)

さくら草通信 2017年4月2日

<さくら草通信> 913 

開拓伝道は牧師の憧れでもあります。けれども前途は全く見えません。親教会からメンバーを分けての分列開拓教会なら不安などはなくおんぶにだっこ。そこには苦労はなにもない。しかし無からの開拓は私財もなく時には食べ物も抜かして時を過ごす事もしばしばある。サラリーマン牧師は牧師館が与えられ、謝儀を与えられ、時間は勉強に時を過ごせばよいので人の苦労など解りっこない。そのような人々に援助の話をしても芸能人の小島君が言うようにおれにはそんなの関係ないというのとまったく同じ。それ故彼らには開拓伝道などできはしない、と言いたい。

2017年3月24日 (金)

さくら草通信 2017年3月26日

<さくら草通信> 912

人に言っても理解できない問題がいろいろとある。開拓伝道のとき財政があつたり、親教会の援助金によって土地を購入したり、会堂を建築する場合は何の問題もないかも。しかし一円たりとも無い場合銀行やサラ金から借り入れをする以外どうすることもできない。借りたら誰が返済するかと言えば当然その業をしようとするものが負担せざるを得ない。借金は返さなければならない。親教会がする場合当然親に責任がついてくる。今多くの牧師は既成教会に赴任し謝儀をいただけばよいでしょうが開拓の場合は謝儀もなくただ借金が終わるまで無報酬でも牧師は生きなくては・・・では誰が生きる保証をするのか。それはサラリーマン牧師たちには理解ができないであろう。

2017年3月17日 (金)

聖日礼拝のご案内 2017年3月19日

2017年 3月19日 午前10時

 聖 日 礼 拝  NO.12

レント第3聖日

                     司 会
                     宣教者 宮 澤 豊牧師

                     奏 楽                                               

 前   奏

 讃   詠      545              

 交 読 文    詩篇18(847)  

 讃 美 歌      22 

 聖   書旧(OT)ヨブ1112(p775)               

     NT)Ⅱテモテ1314(p391)

  祈   祷

 讃 美 歌      135

 宣   教  「託された仕事」  

 祈   祷

 讃 美 歌      226 

 献   金 547 恵みに感謝して    

   祈り (週報参照)  

 報   

 頌   栄       541

 祝    (祝福、派遣)

後   

 

◎※印 交読文、聖書などは司会者と共に、また皆さんで一緒

    に読みます

11月から3月までは座ったままで讃美されても

  よいし起立されてもよいです。但しつらい方は座っ

  たままで結構です。

また礼拝後別室にて交わりの会がありますので遠慮なくお

   残りください。

さくら草通信 2017年3月19日

<さくら草通信> 911

今教会はレント(受難節)の時を過ごしている。イエス・キリストの十字架は想像もつかないひどいものであった。当時十字架刑というものは極悪人の刑罰である。処刑方法はまさに政治活動において罪を犯したときなどに用いられる。イエスもローマの政治権力者の前で神を冒涜するものとして、権力者に対しての反逆するものとして訴えられ捕まり裁かれたあげく十字架刑で処刑されたのである。ユダヤ人にすればこの十字架刑ほど忌み嫌われ呪われたものでもあり、恥辱に満ちたものとしてひとびとは受け止めていた。ガラテヤ3;13を参考に。

2017年3月10日 (金)

さくら草通信 2017年3月12日

<さくら草通信> 910

今教会はレント、すなわちご受難節のときを過ごしています。教会でよく福音、という言葉を聞きます。それはイエス・キリストによるいわば救いを告げる。それ故地上での苦しみは最終的なものではないことはいうまででもない。また苦難というものも人を神の国にふさわしいものとするいわば訓練かも。私たちはこの信仰に立ち、苦難の中にある多く人々に福音を運んでイエス・キリストがその人々を支え、苦難が少なく、また解放のために具体的に仕える者でなくてはならない。ヨブもイザヤ53も決して絶望せず神に目を向けたように私たちもちゃんと目を向けて歩もう。

2017年3月 3日 (金)

さくら草通信 2017年3月5日

<さくら草通信> 

今年もようやく一日一日と日が長くなり軽井沢の冬も終わりを告げようとしている。地下30~40㎝も氷りついていた地面の下の花芽も表面に顔を出してきた。教会はこうした時期に毎年イエス・キリストのご受難と復活を覚える。復活はキリスト者には最も大きな喜びとして迎える。何故ならキリスト教の宣教はまさにイエスの復活からであると言える。パウロもその出来事がなかったら私たちの宣教は空しい、と言っている。さてまたこの時期は転勤や卒業や進学と一つのケジメの時を迎える。これから、と希望に燃えて出で立とうとする皆さん頑張ってください、祈っています。

2017年2月22日 (水)

さくら草通信 2017年2月26日

<さくら草通信> 908

旧約聖書の創世記を大雑把に読みながら学んで29回になりましたがそのテキストの半分はヤコブに関わるものでその生涯は私たちの人生の手本のようなものである。アブラハム、イサク、ヤコブの神と言いますように先祖代々一族が創造主なる神にすべてを委ね、神の声に従順に従い信じて歩む姿はまさに信仰の継承です。しかし私たちの信仰がアクセサリーになっていないか、もう一度神様の前に真剣に立って歩みたいものです。頭や理屈だけの信仰ではなく心と体にある命ある信仰を。

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